M3ハウス・キーマン対談
これまでの住宅にはなかった発想で、住まう人の暮らしを大切にした住宅・M3ハウス。
快適性を具現化した “空間を究めた家”の原点から、現在に至るまでのプロセスを知っていただきたく、
株式会社山一ハウスの山下敦と、設計を手がけた建築家の河野有悟の対談をお届けします。
- 山下 敦 / Atsushi Yamashita
- 株式会社山一ハウス 代表取締役。
早稲田大学第二文学部卒業後、不動産会社へ入社。在職中に宅建取引主任者資格、および二級建築士資格を取得し、1988年、株式会社山一ハウスを創業。「松戸」にこだわった住宅専門会社として、地域に根差した不動産事業を行っている。
- 河野 有悟 / Hugo Kohno
- 一級建築士。
武蔵野美術大学建築学科卒。
武蔵野美術大学建築学科研究室の助手を経て、2002年 河野有悟建築計画室を設立。2008年[東京松屋UNITY]、2009年[FLAP HOUSE]、2011年[SKY FORTRESS+MISAKO GYM]にて、グッドデザイン賞受賞。
互いに必要性を感じ、コラボレーション。
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- 山下
- 河野先生と出会ったのは、かれこれ10年以上前になるでしょうか。私の旧来のお客様で、現代彫刻の分野で様々な賞を受賞されている、T先生という芸術家の方がいらっしゃいます。当初、私はこの先生に自社の建売住宅の設計をお願いしました。すると「自分は、建築設計は専門ではない。もっと適任の人物がいる」と言われて、紹介されたのが河野先生でした
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- 河野
- その頃、私は母校の大学の建築科研究室にいまして、T先生のゼミも手伝っていました。ゼミの学生たちを集めた懇親会、たしかバーベキューをやったときに、山下社長と知り合ったように記憶しています。「河野君、ちょっと面白い不動産屋さんがいるから、会ってくれないか」と声をかけられ、手がけていたポートフォリオをお持ちして見ていただきました。
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- 山下
- 当時は、建築家の方が予算の限られた住宅を手がけるなんて考えられなかった時代です。私の方から言い出しておいて何ですが、正直、OKしていただけるとは思っていませんでした。実はそれ以前に他にも、何人かの建築家の方に声をかけたのですが、すべて断られました。それなりの仕事をしていた方でも、1~2週間返事がなく、電話をすると「できない」という回答。ですから、河野先生から設計をやっていただけると聞いたときは、本当にうれしかったですね。
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- 河野
- 私からすると、分野の違いはまったく感じませんでした。住宅の設計をする立場からすると、よい建物が1つでも多くつくれたらうれしいし、それが唯一最大の目的です。山一ハウスさんのような、いろいろなお客様とお付き合いされている企業と組むことで、今まで私が関われなかった仕事もでき、私自身の視野も広がります。そうした期待感の方が大きかったですね。
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- 山下
- そういえばT先生が河野先生たちに、次のようなことを話されていました。「君たち建築家は、一部のお金持ちの家ばかりを設計している。しかし、街中を見れば、その理想とは程遠い住宅が溢れている。そのことに対して、君たち専門家は何の責任も感じないのか?」と。河野先生は、そうした挑発にあえて乗り(笑)、私たちとご一緒していただいたのでないかと解釈しています。
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- 河野
- たしかに家の設計を建築家に頼む人たちというのは、限られた人たちでした。山下社長の話を聞いたとき、これは普通に家を買いたい、建てたいという人たちの手元に、自分の設計を届けられる絶好の機会だと思いました。いい建物が増えることで、徐々に街並がよくなっていくということにも魅力を感じました。限られた人たちの仕事よりも、はるかに可能性を感じたのです。
ADプロジェクトから「M3ハウス」へ
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- 山下
- 不動産関係のある上場企業の方と、お話する機会がありました。そこで、私は自分の考えを伝えたのですが、「そこまで建築設計にこだわる必要はない」という趣旨のことを言われました。でも、考えてもみてください。家を買うということは、その人の人生の中で最も高価な買い物をするということです。それなのに、そんな考えで住宅を提供するのが常識化していた。ここで私はあらためて、ユーザーを無視して家を売ることだけは絶対にやめようと心に誓いました。
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- 河野
- それで山下社長と私で、M3ハウスの原点というか、発端となるADプロジェクトを立ち上げるわけです。ADプロジェクトのAはアーキテクト、Dはデザインです。もっともっと住まいに、建築デザインのチカラを投入していこうという考えです。日本ではどうしても、家や間取りを検討する際、「何平米?」「何坪?」ばかりに目がいってしまいます。しかし、欧米ではもっと空間重視、体積に重点を置いた設計がなされていました。そこから、さらに平面(面積)ではなく立体(体積)にこだわった、「M3ハウス」へとつながっていきます。いわゆる「㎡=平方メートル」から「㎥=立方メートル」を基本に据えた考え方です。
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- 山下
- 河野先生の設計する住宅は、まさにこの空間重視の流れを根底に置いたものであり、加えて「光や風」など五感に訴えかけるという特徴を備えていました。お互いに意見を交わしつつ、出来上がった図面を確認しながら「これは実際にユーザーが求めているものになる」という確信に変わっていきました。
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- 河野
- 建築家はデザイナーでもあるし、構造や環境を考えるエンジニアでもあり、さらにユーザーでもあります。ユーザーにかわって、その設計プランを客観的に見つめることも重要です。本当にその場所に最もふさわしいデザインなのか、本当に暮らしやすい設計なのか。自分自身がユーザーで、普通の住宅とM3ハウスがあったらやっぱり迷わずにM3ハウスを選択する。そういう思いを投じたという自負はあります。
建売住宅でも、注文住宅でもM3ハウスのコンセプトを取り入れた家づくり
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- 山下
- これまで河野先生に設計をお願いしてご提供したM3ハウスの物件は、ご契約頂いた皆様に大変喜ばれています。河野先生がご契約者の方々とお話をし、設計プランのご説明をして頂く事などもありますので、すべてご満足いただいております。つい先日も、今度はM3ハウスの建売住宅にご成約をいただくことができました。これはM3ハウスのコンセプトをユーザーの方に、しっかりとご理解いただいた結果であると思っています。今後は、さらなる自信を持ってM3ハウスの拡販に努めていくつもりです。
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- 河野
- M3ハウスのご契約事例が増えたことは、私も本当に心からうれしく思います。とは言え、建築家としての私としては、どの時点でお客様に出会ったかの違いに過ぎません。お客様と出会ってから設計を始めたのか、途中で出会ったのか、竣工後に出会ったのかということです。ですから、注文か建売かということだけには捉われたくありません。いずれにしても、お客様が最大限満足していただける住宅を設計することが、私の使命だと考えています。
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- 山下
- 山一ハウスは、今年創立31周年を迎えました。私自身は九州の出身で、仕事をし始めてから松戸に住むようになりました。しかし、考えてみれば、私の子どもたちにとっては、ここ松戸がかけがえのない故郷です。やはり不動産業を営む者としては、そうした世代が誇れる松戸であってほしい。そのために私は、これからも松戸にこだわり、松戸にひとつでも多くのM3ハウスが建てられるよう、努力をしていくつもりです。
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- 河野
- そのために、M3ハウスは今後のユーザーの選択肢の一つとして貢献できるはずです。M3ハウスには、吹き抜け、スキップフロア、ロフト、屋上テラス、屋内と連続する屋外スペース、開口部の高さの工夫、の6つの要素があります。M3ハウスは、これらの要素を複合的に組み合わせてつくります。組み合わせは無数にあり、2つと同じものはできないオリジナリティあふれた住まいをご提供できると確信しています。
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- 山下
- それは販売担当にとっても、非常に心強い言葉となります。実は地主さんたちも、売った土地にどんな建物が建つのか、どんな人が住むのか、とても興味を持っています。誰もが新しく建った家を、そして地域全体に誇りを持ちたいのです。その実現のための選択肢の一つとして、これからもM3ハウスを提供していきたい。いい関係が連鎖していくことを願ってやみません。
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- 河野
- 今日は“出会い”から話が始まったわけですが、やはり土地との出会い、家との出会いは、とても大切なことだと思います。これからも、社会や人の生活に合わせた家をつくり続けていくことが、M3ハウスの役割となるはずです。ご契約して頂いたお客様の声や表情などが、また次のアイデアの源泉になりますので、今後もコミュニケーションを大切にしていきましょう。
─ 2011年12月5日 対談場所:東京松屋UNITY